コロナ禍における「世」について

1.『スイミー』

 『スイミー』という作品をご存じでしょうか。教科書に収載されていますので、ご存じの方も多いと思います。一応、念のためにあらすじを確認しておきます。

 赤い魚の群れに、一匹だけ黒くて泳ぎの得意なスイミーという魚がいました。ある日、群れが大きなマグロに襲われてしまい、仲間がみんな食べられてしまいました。ただ、スイミーだけは泳ぎが得意でしたから逃げきりました。その後、おおきな魚におびえて暮らす赤い小さな魚たちの仲間になります。スイミーは大きな魚におびえずに自由に泳げるように、みんなで集まって大きな魚のふりをして泳ぐことを提案します。スイミーだけは体が黒いので目になります。この甲斐もあって、大きな魚を怖がらずに、泳ぎまわることができるようになりました。めでたしめでたし。

 子ども向けのやさしいお話と感じてしまいますが、これには人類学的な英知が含まれています。弱い生物も集合して活動することで、圧倒的に強い外敵から身を守ることができるという説話です。忘れてはいけませんが、目になったスイミーだけでなく、尾びれやエラ、口の部分を担っていた赤い魚たちも欠かすことのできない役目を担っています。

Dulcamara - dulcamara 18aw カットオフウールカーディガン集団を作ったことによる果実です。弱い生物でも、集まることで、個々の力が最大化される手段を作り出すことができて、さらに強くなるのです。

2.世・節

 このような集団のことを、「」と言ったりします。この「世」という漢字の原義は、「木の枝葉がのびて、節めのある形」と言われ、また節(よ)と同じとされます。世が営まれるには、この枝葉を支えるそれぞれの節がしっかりしていて、また節と節が密接にくっついていることが重要になります。スイミーで言う、目・尾びれ・口といった、それぞれの節がみずからの役割を担いながら、緊密に協力することで生存能力を最大化するのです。そのための、集まりが「世・節」です。

 言い換えてみると、弱い個体がうまく生き抜くには、個体同士で関係を構築し、その中に居つづけることが求められます。中でも、人間は、その関係性を維持するためにコミュニケーションを身につけました。ジェスチャーもそうですし、言葉もそうですし、文字もそうです。キープ(結縄)もあります。そして、お金もその具体的な例のひとつです。

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 人間は集団で暮らすようになり、集団として採集・漁撈などを行うようになると、集団として豊かになっていきます。さらに、集団同士での交流が生まれるようになります。その典型が、物々交換です。ただし、この方法だと需要と供給がうまく合わないことがよく起こってしまいます。たとえば、ホンビノス貝をもっていてお米が欲しい和樹さんと、お米をもっていてドレスが欲しい夏希さんの間では、取引が成立しません。これでは、うまくいきません。

 それを回避するために、交換していた物に内在する”価値”を、外形的に代替する便宜として「お金」が生み出されました。つまり、ホンビノス貝とお米の価値だけを取り出して媒介させる迂回手段です。この一段階の迂回があれば、ホンビノス貝を価値に換えることができます。お米も価値に換えることができます。すると、和樹さんはホンビノス貝をお金に換えれば、夏希さんからお米を手に入れられます。さらに、夏希さんはお米を売ったお金で他のひとからドレスを買うことができるようになります。

 このように、お金が生み出されると、欲しいものと与えられるものが食い違う確率が著しく低下しました。すると自然と物の交換が加速されるようになります。今日では、さらに物そのものを交換しなくても、物の所有権を金銭と交換できるようになりましたし、市場を通して簡単に欲しいものを見つけられるようになりました。そのため、ほとんど一瞬のうちに交換が可能になりました。おそらく、交換の速度は人類史の中で最速になっています。ただ、忘れてはいけないことですが、あくまでもお金は便宜にすぎません。どこまでいっても、その存在目的は「交換の加速」です。さらに言えば、関係性をうまくいかせるための方便です。つまり、お金とは節と節の間で、コミュニケーションをおこなうための道具なのです。人間が関係性に生きる上での潤滑剤と言ってもいいでしょう。

 様々な形で、コミュニケーションが図られ、関係が大きく、緊密になってくると、その集団の中で様々な問題が発生するようになります。この問題を乗り越える際に、その結びつきを強くすることの重要さが高まりました。つまり、人間同士が関係するようになったことで発生した問題を解決するために、さらに関係性を緊密にしていくということです。たとえば、欧米社会が経済的に成長し、世界全体が市場主義・グローバリズムで覆われるようになると、世界全体の関係性が従来より明らかに濃く、重要になったのです。それと同時に、先行的に経済成長を遂げた欧米社会が相対的に豊かな位置を占めることになりました。ここで国家間に格差が生まれることになります。そしてこの国際的格差を是正するための対策を行うためには、世界がより緊密に連帯することが求められるのです。世界がより交換を加速させることが求められるようになったのです。

さて、以上を前提として、COVID-19、いわゆる新型コロナウイルス感染症による災害について考えてみます。

4.関係性からの離脱

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 コロナウイルスにかかる災禍によって、いま、世界はたいへんに難しい状況にあります。というのも、

  1. 外出自粛
  2. 都市封鎖(ロックダウン)
  3. フィジカルディスタンスの確保

が様々な国で行われているからです。換言すれば、(人間同士の)関係性から抜けることを意図する対応をしているからです。先だって確認しましたが、人間はもろい存在であって、関係性を構築しなければ生き抜くことはできません。だからこそ、人と人の間にすきま風が吹くようなことは、関係性からの逸脱に結びつくおそれがあるので、慎重な検討が必要になります。

(2)ウイルスへの対処

 ウイルスは個体から個体に移動することで生存しています。個体から個体へ、つまり、関係性のなかに存在しているのです。そのため、現在、わたしたちは、関係性を切っていけばウイルスに対抗できるという考え方の下に外出を控えています。節と節の集合体(世)を分離(原子化)していけば、(ウイルスに起因する災禍が)収束に向かうという考えです。

 当初から、わたしたちは、「2mのソーシャルディスタンスをとるように」と飽き飽きするほど聞かされました。スーパーに行く時だって、公園に行く時だって、散歩する時だってソーシャルディスタンスを保つように心がけることになります。ところが、新型コロナウイルスを完全に排除しきることは、いまやほとんど不可能だと言われています。

(3)これからの社会

 すると、私たちは、今後、ソーシャルディスタンスがデフォルトとなる社会を生きることになるのです。フィジカルディスタンスがソーシャルディスタンスになるとも言えます。もっと言えば、自分が病原体保有者かもしれないし、目の前にいる人がそうかもしれない、という疑念をもつことが当たり前になります。新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の尾身茂副座長が、「ソーシャルディスタンス(社会的距離)」ではなく「フィジカルディスタンス(物理的距離)」と言葉を変えるようになったのは、このような疑念が世の中に瀰漫して、社会全体がギスギスする可能性を感じ取ったからでしょう。この疑念は、Major Craft - NSS-962LSJ 新品 メジャークラフト N-ONE

 お分かりいただけると思いますが、そのような情勢の中で人間は原子化していきます。これは弱い状態に陥るということです。補助金や助成金は、自粛をしていても交換を沈滞・停滞させないための措置です。この意味において、特別定額給付金は評価できるでしょう。お金を紐帯として関係性が維持されます。繰り返しになりますが、やはりwith coronaの時代は、人と人との直接的な接触が物理的に減っていくことは想像にかたくありません。

 ここでの問題は、集合した集団の中での分離です。つまり、集団での生活は保たれているけれど、接触は避けようとする集団内相互忌避とでも言える状況になることです。人間は、自然に対して集団をつくることで強くなりました。そして、その中で起こる問題については、内部で関係性を深化させることで対応してきました。集団内相互忌避の状態に陥ってしまった場合、すくなくも後者に逆向することを意味します。自然に対しては関係性を維持するけれど、集団に対してはそれを漸減させようとしているのです。これがいま最大の問題なのです。

5.まとめ

 外(自然)に対しても、内(人間社会)に対しても、「節と節同士で密接にくっつくこと」が、人間がこれまで選び取ってきた生存戦略です。関係性を密にしていけばいくだけ、生き抜く力が上昇するというのが経験的事実です。しかし、いま、コロナ禍にあたって生物としてたいへんに弱い人間がその戦略を放棄しようとしています。集団でまとまることで獲得できるある種のつよさから離脱しようとしているのです。このままいくと人間の社会は、全体として衰微するおそれがあります。でも、実は、これはコロナ以前からじわじわと進んできていた問題なんです。このまま進み続けますか?


参考文献
  • 白川静『普及版 字訓』
  • レオ・レオニ『スイミー』

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